LATIN
パパ清水のヴォーカル「ベサメ・ムーチョ」にインスパイアされて1983年にレコーディングされたが、未発表音源として10年間お蔵入りしていた。 清水は「寝かせた方がコクがでるから」と言(い張)っている。
Inspired by Papa Shimizu’s vocal version of “Besame Mucho” (yes, it’s really him singing!), this album was recorded in 1983 but left for almost ten years until its release in 1991. Shimizu maintains that “aging gives it a richer flavor.”
文:清水靖晃
その一夜は特別な夜だった。1999年8月の、むせかえるように暑く、どんよりとした重たい雲に覆われた空。その日は年に一度の感謝祭の日で、いつもは喧 噪で溢れかえっている街も静かだったし、川面につらなる工場地帯の騒音も無いので、低く鈍くうなり続けていたあの音も聞こえ無かった。そのかわりに、街か らすこしはずれた、森の中にある神社の境内には、街じゅうの老若男女が集まって祭りに陶酔していた。
そして、わたしはサキソフォネッツのメンバー達と、いつものようにクラブ・ニュー・ワールドの楽屋で「モノポリー」のゲームに熱を上げていた。
「そんなくだらない模擬哲学遊びにうつつをぬかす暇があるんだったら、当然“しかるに”の第二楽章は、完成したんだろうな?」
ピアニストのチャーリーは吐き捨てるようにわたしに言った。この男は、パリ音楽院卒の作曲家とうそぶいているが、ある筋で聞いたところによれば、若手ピア ニストの名手として一時期脚光をあびたが、当時彼の売りものだった、流麗で繊細な演奏と知的で甘いマスクとはうらはらに、とある有名な交響楽団の給料を持 ち逃げし、組合に追われ、逃亡の末、チャーリーと偽ってニュー・ワールドに流れ着いたらしい。
「おい、聞いているのか」
屈折した過去を持つこの男の、ひねくれた態度に癖々としているわたしは、もちろん無言のままゲームにふけっていた。それでもチャーリーはわたしにしつこく からむので、いてもたってもいられなくなった時、一緒にゲームに興じていたチェピートはいきり立ってチャーリーに向い、モノポリーのゲーム盤を激しく投げ つけた。
ふだんは楽屋のコンクリートの壁の染みをじっと見つめている彼は、時々発作を起こす。
顔を紅潮させ息を、荒だてて、取り乱すチェピートをとめる方法はいつもひとつしかなかった。
わたしは、チャーリーのむなぐらを掴んで押し倒しているチェピートの脇へ行って、バナナをさしだした。
おもわぬところで、わたしに助けられたチャーリーは、楽屋にいづらくなったので服の乱れを直し、ゴミ箱を蹴散らして、もうしわけ程度のつい立てでしきられているわたしたちの楽屋から、ホステスさんたちのいる楽屋へ消えて行った。
クラブ・ニュー・ワールドにホステスさんが何人いたのか、さだかではないが、聞くところでは756人いたらしい。とにかく、そこには数えきれないほどの楽屋があって、サキソフォネッツは、その中のひとつに無理やり押しこめられていた。
ニュー・ワールドは、工場地帯の中心にある小高い丘の上に男根のようにそそり立つ、コンクリートで包まれた筒状の建物で、外壁は鬱蒼とした苔で覆われ、街 の人達からは、「バベルの男根」と呼ばれていた。巨大な入口から車寄せの12段の階段まで、威厳に満ち溢れた大理石造りで、歯をむきだして威嚇するライオ ンの顔を持った、人間の裸体の石像が、その両脇に置かれていた。車寄せから入口、ロビーを通りホールにかけて、厚い深紅の絨毯がひかれ、入口の扉の横に は、そこを訪れる人々が必ず積むという石が、山のように積まれていた。ロビーを抜けてホールに入るとそこは、光沢のある赤と金の装飾がほどこされ、とても 現実のものとは思えないほど豪贅に出来ていた。なかでもホールに入る扉のすぐ真上に掛けられた、高さ10メートルはある宗教画家ニコロ三世の「饗宴の絵 巻」は、ホールの装飾を引き立たせるだけでなく、えもしれない官能の世界に誘う魔力を持っていた。ホールは外壁と同じように筒状で、一階から三階まで吹き 抜けになっていて、二階、三階は桟敷席になっており、まるで、シェークスピア劇場のような構造をしていた。一階には、円形にそってボックス席が並び、わた したちや、ライバル・バンド「ネーチャーズ」が出演していたステージが正面にあって、その前は 500人は踊ることができるダンス・フロアになっていた。 そしてこれらの趣味趣向のすべては、ニュー・ワールドの経営者である大鳥居法一の意向を反映したものだった。
大鳥居はこの街でただ一人の神主でもあり、有力者だった。先祖代々ニュー・ワールドを引き継いで来た彼は、権力者でありながらも、常に寛大な態度で人に接 し、それがあまりにも人並みをはずれているので、かえって不気味がられていた。彼には謎も多く、女性関係や、親族とのいざこざなど噂には事欠かず、また、 誰もが彼の住む豪邸を知っていたが、あのパパ・シミズをのぞいては、だれも敷居をまたいだことがないのも事実だった。
チャーリーがゲームにみずをさしたので、わたしたちは、憤慨する気持ちをおさえつつもモノポリーを始めからやり直すために、時計の針をもとに巻き戻した。 すると、ピストルの弾丸に貫かれた穴が三つあいている楽屋の扉を、かぼそくノックする音が二回聞こえた。かすかにきしむ音とともに、扉がすこし開いて、大 鳥居の召使いの若い巫女が、わたしたちにささやくように言った。
「みなさま、大鳥居様がお呼びでございます。」
「オオトリイ。ナゼ、ヨブ、オレタチ」
チュニジアから来たベースのアマール・ヤクービが、不思議に思ってつぶやいた。滅多に人前に現れることのない大鳥居が、直接サキソフォネツのメンバーと会 いたいと言っているのだ。パパ・シミズをのぞいては、わたしも勿論のこと、30年もの間、ニュー・ワールドのステージに立っているゴスペル・シンガーの コーラス、ジェーン・ブラウンでさえ彼と言葉を交わしたことが無かった。わたしたちは、不審と戸惑いと好奇心が入り乱れた気持ちで、お互いの顔を見渡し た。そこで気付いたのは、パパ・シミズが見あたらなかったのと、DJのアキが動じることなく、いつものように飄々とリン・ドラムにリズム・パターンを打ち 込んでいることだった。大鳥居の誘いを断るのは不可能だし、誰もが彼に会ってみたいという好奇の気持ちがあったので、わたしたちは、渋々チャーリーを呼び 戻しアキの打ち込みをやめさせて、案内する巫女の後にしたがうことにした。チェピートは、さっき渡したバナナをほおばりながら、ジェーンは毒蛇をランチ・ バスケットに入れ手に下げて大きな肢体を揺すりながらついて来た。
一階にある楽屋を出ると、網の目状にいりくんだ通路が迷路のようになっていて、それは円環状にニュー・ワールドの壁面にそってつながっている。どこかに行 こうと思って、通路に出ると迷ってしまい、歩いているうちにいつのまにか同じ場所へ戻って来てしまうことも、しばしばだった。各階と通路はらせん階段でつ ながり、それがどこまで続いているのか誰も知らなかったが、ニュー・ワールドの中には、食堂、床屋、歯医者、病院、本屋、郵便局、葬儀屋まで、そこで人生 を費やす為には十分な、ありとあらゆるものがあった。巫女は、わたしたちがまったく入ったことのない幾重にもかさなる通路を、迷わずぬけてらせん階段を 昇っていった。ここで、ひとりで置き去りにされたら、もうもとには戻れないだろうと思いつつみんなを見た時、チェピートが捨てたバナナの皮で足をすべらせ たチャーリーが、呼び声をあげてらせん階段から落ちていった。アキは気にせずに淡々と歩いている。
どれだけの時間を歩いていたのか、その時わたしたちがどの階にいたのか判らないが、壁をつたってエーテルの匂いがかすかにしたことは覚えている。エーテル が薫る暗闇にむかっていくと、狭い通路の天井が次第に低くなっていき、わたしたちはいつのまにか中腰で歩かなければならず、暗闇の先に朦朧と揺れる灯りが みえた頃には、ほとんどほふく前進をするような格好ではいつくばっていた。高さ1mもない入口から顔を出すと、そこは茶室だった。呆気にとられて、狭い部 屋のなかを見回すと、床の間に太い蝋燭が置かれ、その上には荘厳な筆文字で「いくぅ」と書かれた掛け軸がかかっている。蝋燭の燈が揺れるので、「いくぅ」 という文字が、踊っているように見える。
「いくぅ・・・もはやこれまで。・・・深い」
アキがつぶやいていると、わたしの隣に座っていた男が、大きな声で言った。
「ようこそみなさん、おいでくださいました」
わたしがてっきりチャーリーだと思っていたその男は、大鳥居法一その人だった。トレード・マークになっている白無垢に白足袋姿、細面のおとっりした平安顔 は、わたしも何度か、新聞で見たことがあった。突然の登場で、たじろいだわたしたちに、まるで怖がることはないとでも言うように、説得力のある微笑みを浮 かべながら、
「みなさんに、お願いがあるのです。これは、とても重要なお願いです」と彼は言った。
ジェーンは、何か起こった時の為に、毒蛇の入ったバスケットを豊満な胸に抱え、アキはまだ掛け軸を眺めていた。大鳥居は続けて言った。
「今夜、“ベサメ・ムーチョ”を演奏していただけませんか」
しばらくの沈黙があって、彼はメンバーたちの顔をひとりずつ凝視していったが、誰も視線を合わせようとしなかった。メンバーの誰もが答えに困り、ほかの誰 かが代わりに答えることを期待していた。大鳥居は、耳たぶをひっぱりながら蝋燭の燈を見つめている。乾き切った口を開いて、わたしは答えた。
「サキソフォネッツはいままで、誰の言いなりにもならず、やりたいことをやって来ました。だからこそ、国民的演歌歌手とうたわれるパパ・シミズも一緒に、演奏しているんです」
「パパ・シミズの了解は、すでに得ています。重要なお願いなのです、受けてもらえますね」
わたしたちは、断り切れなかった。パパ・シミズが承諾してしまったからには、このものごしの低い権力者の頼みを断る術がない。それにしても、腑に落ちないのは、あのパパ・シミズが何故かリクエストを承諾してしまったことだ。
わたしたちは狐につままれたような気分で、茶室を後にした。はいつくばって通路に出ると、鼠が、わたしに会釈した。わたしは動物と話せるわけではないが、 何故かお互いの気持ちが通じ合ったような気がする。不思議な気持ちで鼠の顔を思い出そうとしたが、なかなか思い出せなかった。そうしているうちに、心配し ていたとおり、迷路のような通路で道を見失った。路頭に迷ったわたしたちの耳にはいったのは、聞き覚えのある笑いだった。
「パパノ、コエ。パパイルノネ」
はじめに気づいたのは、アマール。その声に向かって歩けば楽屋に戻れると、誰もが思い安心した。それでも苦労しながらパパ・シミズの声をたどっていくと、階段から落ちたチャーリーがふてくされながら歩いていた。
「お疲れさま」
チェピートがすこし皮肉まじりにあいさつすると、チャーリーは睨み返したが、なにもしなかった。
しばらくして、いつもの通路にたどりつくと、パパの豪快な笑い声がはっきり聞こえた。
「ぐわっ、はっはっはっ!ひーっ」
パパは、わたしたちが立ち入りを禁じられている、ホステスさんの楽に入り込み、ホステスさんの体をさわっては奇声を発し喜んでいた。いつも連れている牛の 目をしたふたりの少年たちは、無表情にそれをながめている。彼は、ひとしきり暴れてから、少年達を連れてサキソフォネッツの楽屋に入って来た。2mはある 背丈、精悍そうな顔立ち、二の腕は女の腰まわりより太く、筋肉質のしまった体。年齢は不詳だが、満州事変にかかわっていたという噂もあり80をまわってい るとも言われていたが、わたしには、どう見ても50代にしか見えなかった。彼は、専用の背の高い籐の椅子に腰をおろし、両脇に少年達をはべらせている。
「ほーら、お口をあけてごらん」
両手にアイスクリームを持って、ふたりにほうばらせた。パパは無心にアイスクリームを味わっている少年達の表情に満足して、高笑いをくり返した。
「ぐわっ、はっはっはっ」
わたしは、そんなパパの態度にすこしいらつきながら質問した。
「大鳥居さんから聞きましたけど、どうして“ベサメ・ムーチョ”をやることにしたんですか?」
わたしが問いかけたとたん、チャーリーが血相を変えて、パパに喰ってかかった。
「おい待てよ!今夜は俺の新曲をやるんじゃなかったのか?話がちがうぜ。今日の為に大事な知合いを呼んであるんだ“ベサメ”なんて俺はやらないぜ」
楽屋は緊張したおももちにつつまれた。いやな予感は的中して、真っ赤な顔をしたチェピートが、チャーリーに飛びかかった。バナナが見つかないのであわてて いるうちに、アマールがふたりにむかってジェーンのバスケットを投げつけ、毒蛇が飛び出してしまったので、楽屋は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
パパは、騒ぎに動揺したそぶりもなく、少年達を連れて悠々と通路に出ていった。わたしは慌てて追いかけた。ステージの入口でやっと追いついたわたしは再び質問した。
「どうしてですか?」
彼はわたしの目を見つめながらも、遥か彼方を見ているような視線で、すべて判っているというように深くうなずき、目尻に深い皺をよせて、
「ぐわっ、はっはっはっ」
と、笑い飛ばして去っていった。ステージのそでにひとり残されたわたしは、いつもとは違うホールの様子を、茫然とながめていた。ステージは、サキソフォネッツのライバル・バンド「ネーチャーズ」が、コルトレーンの“至上の愛”を演奏している。
この日は、感謝祭ということもあって、大鳥居法一の厚意によって、一階のダンス・フロアは街の人たちに無料開放され、足の踏み場もないくらいごったがえし ていた。踊っている人、叫ぶように歌っている人に混じって、いろいろな人がいた。フェルナンデールそっくりの、面長の顔に和服姿のビデオ・ディレクター は、ステージ両脇にある桧で造られた太い柱の木目が気に入ったらしく、インスタント・パノラマ・カメラで、接写している。バンドの演奏にインスピレーショ ンをうけているのか、それを聴きながら絵を描いている女の子もいる。此の後期に及んで打合せをしている人たちがいる。豊満な肢体を持つモデルを連れた、 ラッパーがいる。泥酔して床に倒れている客が何人もいて、それでも給仕たちはまるで何事もないように奇跡的なバランス感覚でその間をすり抜け、足早に飲み 物を運んでいた。ときたま泥酔した客のひとりが上半身を起こし、「君だって人間だろう!」
と叫ぶのが滑稽で、まわりの注目を浴びている。
二階と三階の桟敷席はいつもどおりの客層で、政府の役人や財界人、任侠筋の人たち、芸能人、そして、大鳥居の友人やパパ・シミズの関係者で盛況だったが、その日はめずらしく、映画監督の黒柳と俳優の ヘンリー・誉田が現れて、祭りの宴に華をそえていた。
端正で、シャープなマスクが売り物のヘンリーは、サングラスをかけて手鏡に表情をつくる練習を続けていた。その脇にすわっていた黒柳はヘンリーのしぐさに 呆れ果て、一緒に連れて来たおかまと、うなだれている。その夜のニュー・ワールドは、人生の縮図さながらで、怖いような熱気につつまれていた。「ネー チャーズ」はつまらない演奏をくり返し、ついには目もあてられないストリッパーを登場させて、客のひんしゅくをかった為、ステージの深紅の絨毯にすまきに されて、ステージ横の噴水の中に放り込まれてしまった。おかげで、わたしたちはいつもより30分早く出演しなければならなくなった。
「今夜はついてないな」
ステージのそでで煙草に火をつけた時、暗闇の中から声がした。チャーリーだ。
ステージでは、舞踏家がアルバイトで剣客芝居を続けている。刀が火花をちらして交差するたびに、金属質の鋭い打撃音が聞こえていた。
「三階のあそこに座っている連中が、見えるか?芸術省の高官だよ。今日俺の新曲を演奏することを聞きつけて、ここに来たんだ。“ベサメ・ムーチョ”なんて 冗談じゃないぜ、だいたい、このバンドは本物のラテン・バンドじゃねえよな。まがいもののラテンだよ、お前は本当の・・・」
チャーリーの悪態がよほど癇にさわったのか、いつもは物静かなアマールが彼を後ろから足蹴にして、一方的な会話はとぎれた。チャーリーは、蹴られた勢いで 転がりながらステージに飛び出してしまい、ピアノの脚にぶつかってやっと止まった。いつのまにか、そでには、サキソフォネッツのメンバーが集まっていた。 チャーリーがステージに出てしまった手前、わたしたちもステージに登っていった。ホールは異常な熱気につつまれている。照明がおちて巨大なミラー・ボール がゆっくりと回り始める。パパ・シミズが、巨体を揺すりながら登場すると、ホールは興奮のるつぼと化した。パパの高笑いとそれに沸く観客たち。まだ照明は あがらず。ミラーは回り続ける。ミラーに反射する無数のビーム灯にあたって、パパのポケットに札束が見える。客席のボルテージの高まりが、ステージを緊張 させる。張り詰めた空気の中で、パパがつぶやいた、
「今夜は・・・せてやる」
はっきり聞こえなかったので聞き返そうと思った時、アキのリン・ドラムのカウントが入った、
「カッ、カッ、カッカッカッ」
その瞬間、照明は全開でスパークし、クラブ・ニュー・ワールドは街じゅうの人たちをのみこんだ官能の桃源郷のように、狂酔と欲望の渦に巻き込まれた。
それと同時に、喜びの絶叫とも悲鳴ともつかない声が、ダンス・フロアに聞こえた。何が起こったのか、その時ははっきり判らなかったが、さっきまでとは様子 が違うことに誰もが気付いた。あの音が唸り始めたのだ。低く鋭く一定の振幅を続けるあの音は、工場地帯から聞こえているものと思い込んでいたが、実はそう ではなかったのだ。あの音は序々に大きくなっていき、ニュー・ワールドの直径10mはある大鳥居自慢のシャンデリアを揺らし始めた。怪物の唸り声のような 音は、まるで息づいているかのように、ホールの壁にそって回り始め、そのスピードはみるみるうちに増していった。ぎっしり詰めこまれた観客たちは、騒然と なりパニック状態に陥っている。座りこむ者、外へ逃げ出そうとする者、もの影に隠れる者、誰もが恐怖におののいていた。音はエスカレートしていき、壁を揺 すり、地面には亀裂が入った。太い桧の柱は、歪んでねじれ、天井は上下に激しく揺れている。裂け目は一瞬にして拡がり、ニュー・ワールドをのみこんでい く。ニュー・ワールドは沈み始めたのだ。赤と金に装飾をほどこされた壁が、地面の裂け目から吹き出す砂にまみれている。轟音の中、ゆっくりと沈んでいく ニュー・ワールド。饗宴の絵巻とともにしずんでいく人たち、しかし、不思議なことに彼らの顔からは恐怖にかられた表情は消え、恍惚の眼で、砂吹雪が舞い上 がる空を見つめていた。巨大な裂け目から噴き出す砂塵は、ホールを砂漠にし、竜巻となって唸っている。砂塵に巻きこまれた、あの低い音と“ベサメ・ムー チョ”。生き物のようにうねる竜巻に、すべてがのみこまれ、粒子となって天空に消えていった。永遠の深みの空へ。
文:清水靖晃
アルバム『ラテン』初回特典として封入
Yasuaki Shimizu
Era una noche especial…
A special night it was going to be indeed, that sweltering, overcast evening in August 1999. It was the day of the annual feast, and the usually bustling streets were still. Not a sound issued from the rows of factories along the river; the ever-present drone of the city itself had ceased. Instead, out in the wooded grounds of the shrine just beyond the edge of town, everyone, men and women, young and old, were gathered in wild celebration.
And speaking of wildness, me and the members of the Saxophonettes were sitting around as usual in a backstage dressing room of the Club New World, rapt in a game of Monopoly.
“Seeing as you’ve got time to waste on this faux-intellectuel humbuggery, naturellement I take it you’ve finished that Second Movement of yours, eh? “
Charlie the pianist spat the words in my direction. A self-proclaimed composer-graduate of the Paris Académie de Musique, other sources had it he’d once been a promising young concert pianist, known for his poignantly sensitive performance and naive charm, when right at the peak of his fame, he’d run off with the entire pay for a rather well-known orchestra and gone into hiding from the Musicians’ Union, just another questionable “Charlie” who’d found his way to the New World.
“Eh, you listening to me?”
Naturellement, well acquainted as I was with the twisted moods of this man with his twisted past, I ignored him and kept on at my game without a word. Which only made Charlie dig at me all the more. Causing Chepito, who’d been rapt in the game with me, to suddenly fly into a rage and hurl the Monopoly board at Charlie.
He sometimes has these fits, though ordinarily he’ll spend hours just staring at the stains on the concrete dressing room walls. Once he’d worked himself up into a fuming red fury, though, there was only one way to get Chepito to calm down.
I walked over to Chepito, who had Charlie by the collar and was busily forcing him into submission. I held out a banana.
Whereupon, Charlie, whose life I’d just saved, did the unexpected. No longer at ease in the dressing room, he straightened his rumpled clothes, kicked over a dust bin, and exited behind that joke of a partition screen toward the hostesses’ dressing rooms.
No one knows the exact number of hostesses working at the Club New World, but the figure seemed to hover around seven-hundred-fifty-six. Whatever, there were countless dressing rooms in the place, in spite of which the Saxophonettes had to all cram into one tiny cubicle.
The New World stood atop a small rise in the middle of an industrial area, a phallic concrete cylinder covered with a sad outer layer of bluegreen moss, referred to endearingly by the populace as the “Phallus of Babel.” The enormous entrance and twelve steps leading up from the driveway were of stately marble; to either side were sculpted stone nudes, half-human with menacing lion-like faces baring their teeth. A plush led from the entrance, up the steps and down the hall to the lobby, where beside the door rose a huge pile of the stone to which each new visitor was obliged to add a token pebble. Passing through the lobby, one came to the unreal opulence of the brilliant red-and-gold central hall. Particularly splendiferous among all the decoration, religious painter Niccolò III’s 10-metre-tall Banquet Frieze hung directly above the main doors, inviting one into a seductive world of unknown sensual magic. The central hall was again cylindrical, rising three storeys past two tiers of seating balconies like some mock-Shakespearean Globe Theatre. The circular orchestra area was lined with rows of box seats facing onto a stage where we and our rival band, “The Natures,” put on shows—and still there was room for five-hundred people to boogaloo on the dance floor out in front. All this over-the-top dazzle reflected nothing so much as the singular taste of the New World’s proprietor Hoichi Ohtorii.
Ohtorii was the town’s only Shinto priest and a man of considerable sway. Heir to Generations of New World proprietors, he made full use of his authority, yet always acted with beneficence toward others. So out of the ordinary was his largesse, in fact, that the effect was rather unsettling, even creepy. Many were the mysteries that surrounded him. To be sure, there was no lack of rumours about his relations with women and family background. And doubtless everyone knows about his luxurious mansion. Yet aside from our own Papa Shimizu, the fact was not a soul had ever set foot across its threshold.
Meanwhile, more than a little upset at Charlie for having put a damper on our game, we wound back the hands to the clock in order to start that round of Monopoly from the beginning again. When just then came two knocks on the dressing room’s triple-bullet-holed door. Presently, the door creaked open and there stood Ohtorii’s Vestal Virgin Attendant, who pronounced her tidings in a stage-whisper.
“Master Ohtorii desires to see you all. At once.”
“Oh-to-ri? Why-he-want-see-all-us? “
Amar Yakhoubi, our bassist from Tunisia, grumbled disconcertedly. Strange that the ever-reclusive Ohtorii should want to meet directly with members of the Saxophonettes, when save for Papa Shimizu, certainly not I, nor the gospel chorus who’d graced the New World stage for over thirty years now, nor even Jane Brown had ever exchanged word one with the man. We all looked at each other, filled with a mixture of disbelief, bewilderment and curiosity. In spite of which, we also noticed that Papa Shimizu was missing and that Aki the DJ was briskly tapping away at his Linn Drum rhythm box, punching in patterns, same as ever. To refuse Ohtorii’s invitation was secretly burning to know what weird scene was behind it all, so I took it upon myself to get Charlie to come back and make Aki quit his drum-programming before setting off to follow the Vestal Virgin’s lead. Chepito, mouth still full of banana, sauntered along afterwards, while Jane shoved a few venomous vipers into a lunch basket “for the road,” then strutted her massive limbs to bring up the rear of our entourage.
Exiting our ground-floor dressing room, a maze like web of passages threaded their way around inside the circumference of the New World. Not infrequently in the past had some of our number thought to see where this or that side path led, only to end up totally lost, or even to wind up right back where they started. The various floors connected via spiralling staircases up to heaven who knows where, though within the walls of the New World there were all manner of amenities—dining hall, hair styling salon, dentist, hospital, bookstore, post office, funeral parlor—indeed every service or facility one would ever need, it was said, to spend one’s whole life in here. The Vestal Virgin kept climbing from one floor I never even knew existed to the next, not once losing her way.
Thinking that if any one of us got left behind, I turned around to take a head-count and was in time to see Charlie slip on Chepito’s tossed banana peel and fall down a flight of stairs. Aki oblivious to everything.
Who knows how long we walked, or even which floor we were now on? All I remember is that slightest whiff of ether emanating from the corridor walls. The further we proceeded into the etherous gloom, progressively lower dropped the ceiling of the narrow passageway, until we found ourselves hobbling along at a crouch. By the time we finally spied a faint wavering light ahead in the darkness, we were literally crawling on all fours.
Poking head-first through the less-than-meter-wide opening, it proved to be a traditional Japanese tea-ceremony room. Somewhat taken aback, I gazed around the tiny chambre to find a large candle stand placed in the tokonoma alcove, above which hung a scroll bearing the solemn calligraph Ikuuu…”I’m Coming.” The brushstrokes seemed to dance in the flickering candlelight; it was hard to tell if the kana characters were coming or going.
“Ikuuu… done already come… but deep.”
Aki had no sooner muttered to himself, when a man who was kneeling next to me spoke up.
“Greetings, everyone, and welcome!”
To my surprise, the dim figure I’d taken for Charlie proved to be none other than Ohtorii himself. I immediately recognised the delicate-featured, classical Heian Kyoto-faced Ohtorii, wearing his trademark spotless white cotton tabi on his feet, from photos I had seen in the papers. Then, as if not to alarm, having already been startled us by his sudden appearance, Ohtorii betrayed a convincing smile and said,
“I have a request I wish to make of all. A very important request.”
Jane pressed to her voluptuous bosom the basket of vipers she’d brought along “just in case;” Aki took another look at the hanging scroll.
“Tonight, might I have you play ‘Besame Mucho’?”
Dead silence. Ohtorii stared each member of the band in the face, but no one dared meet his eyes. All were stumped for how to answer; each hoped some other band member would reply. Ohtorii fingered his earlobe and turned his attention to the candlestand.
It was up me. I summoned my driest, most uninflected voice, and proceeded to explain a matter of band policy.
“We Saxophonettes have come this far without ever once bowing to anyone’s say-so. We play what we feel like playing, and nothing but. That’s why the popular enka-balladeer Papa Shimizu—practically a national institution—deems to perform together with us.”
”I have obtained Papa Shimizu’s prior agreement on this. I repeat: mine is a very important request, so I may presume that you will accept.”
It was a request we could not refuse. Especially since Papa Shimizu had already given in to the whims of this low-dealing authoritarian. All the same, it just didn’t shake: why would our Papa Shimizu have granted his okay to a request such as this?
Feeling tricked and betrayed, we left the tea room behind us. Squeezing back out though that crawl space, a mouse might well have traded places with me. Not that I’m one to commune with animals, generally speaking, but somehow I simply identified. It would have been only too easy to commiserate on our mutual straits, yet oddly enough, I found I couldn’t even remember what a mouse looked like. Just as I feared, in the course of pursuing these maze-like passages we became utterly and hopelessly lost, when from up ahead a hearty laugh chanced to reached my ears.
“Papa-voice! Think-Papa-near! “
It first dawned on Amar. Of course, we then all realized at once, we had merely to steer in the direction of the voice to find our way back to the dressing room! Even so, it took real effort to track down Papa Shimizu by his voice, not least of all for Charlie who was still limping from his fall down the stairs.
”Tough trip, eh?”
Chepito extended Charlie his sarcastic sympathies; Charlie glared back, but didn’t do anything. After a while, back among familiar corridors, Papa’s robust laugh came through loud and clear.
“Whoah-ho-ho-ho! Hey! “
Papa had sneaked into one of the hostess dressing rooms, strictly off-limits to the likes of us, and was enjoying a hands-on whoopee session with one of the lovelies, while the two cow-eyed youths who accompanied him everywhere looked on blankly. Only after he’d duly finished his spree did he come around to the Saxophonettes dressing room, his youthful duo in tow. Standing a good two meters tall, his face full of life, arms thicker than a woman’s waist and solid muscle through the torso, he was a character. Of indeterminate age, rumor implicated him in the Manchurian Incident, which would put him upwards of eighty, but to me, Papa hardly looked a day over fifty. Taking a seat in his own personal rattan throne, he called the boys to their stations at either side of him
“Got treats for you too! Open wide now!”
Producing ice cream cones in both hands, he crammed the frozen custards up into the youths’ waiting mouths. Just the sort of thing I’d learned to expect from Papa. Satisfied that “his boys” were contented with their “treats,” he let out another resounding laugh.
“Whoah-ho-ho-ho! “
I, however, was not amused, and I let him know it.
”What’s the big idea, telling Ohtorii that we’d do ‘Besame Mucho’?”
No sooner had I challenged him than Charlie went livid and laid into the old man.
”Yeah, right! Weren’t we supposed to be doing my nouvelle composition tonight? I even invited VIPs. No way I’m playing Besame anything!”
A tense moment fell over dressing room. The worst that could happen would and did: a bright red-faced Chepito took a flying leap at Charlie, and in the mad scramble for a banana—or some banana-like placebo—Amar grabbed Jane’s basket and tossed it at the two, sending vipers every which way. The dressing room was a sheer madhouse.
Meanwhile Papa, totally unperturbed by the commotion, calmly led his boys out into the corridor. I hurriedly followed suit. When at last I caught up with him at the stage entrance, I repeated my inquiry.
“So you’re not going to tell me why?”
He glanced me in the eye, but with a look that went right past me, then gave a know-it-all kind of nod, his eyes squinted in deep folds.
“Whoah-ho-ho-ho! “
Laughing away whatever question I might have posed, he disappeared.
There I was, left alone in the wings, staring off into the space of the theatre hall. On stage, “The Natures” were wrapping up a cover of Coltrane’s “A Love Supreme.”
The hall seemed transformed today. This being a feast day, Ohtorii in his munificence had opened the orchestra dance floor free-of-charge to the locals, and the place was jumping. There was scarcely room to move. Forks were dancing, folks were belting out tunes at the top of their lungs, folks were doing all sorts of different things. A kimono-clad video director whose long face rivalled that of French comedian Fernandel was intently taking close-ups of the cypress wood columns to either side of the stage with an instant panorama camera. A girl, apparently inspired by the band’s performance, was drawing pictures in her sketchbook to the music. Here, one clique was busily holding what-to-do-after-this discussions. There, a macho rapper was showing off his curvaceous lady friend model. A number of customers had passed out plastered on the floor, though little did that bother the waiters who deftly wove their way through this obstacle course miraculously balancing trays of drinks. Occasionally some drunk would raise his head and shout to everyone’s amusement.
“But you’re human too, dammit! “
It was all too much. The second and third floor balconies were chock with “regulars”—politicos and financial-types, yakuza and glitterati, Ohtorii’ stringers and Papa Shimizu’s backers, even famous film director Akira Kurosaba and actor Henry Honda put in rare appearances to round out the festivities. Every hair in place, the sunglassed Henry was practising those patented cool looks of his in a hand mirror. Seated next him, Kurosaba, who couldn’t have been less impressed with Henry’s posturing, was wilting with his gay companion.
Yes, the New World was a microcosm of humanity tonight, burning with a fearsome heat. “The Natures” kept running through their repetitive renditions of innocuous numbers, until finally the worst stripper ever in the history of entertainment came out, only to get rolled up in a crimson stage carpet by an irate audience and thrown into the footlight fountain. Thanks to which, we had to go on a full thirty minutes ahead of schedule.
“Luck’s not with us tonight.”
Stage center, butoh dancers were doing their part-time schtick, pantomiming a samurai swordfight. Steel clashed and sparks flew each time their blades crossed. Standing in the wings, I had just lit up a cigarette when I heard noises from dark offstage. It was Charlie.
”See those fancy suits up in the third balcony? They’re big wigs from the Ministère de Culture. They’ve come to hear my nouvelle composition, not “Besame Mucho” nonsense. I mean, give me a break! We aren’t even a real Latin Band. We’re fake Latin, not your…”
At that, the usually quiet Amar gave Charlie a good swift boot in the derrière, unilaterally cutting short the conversation. I guess he’d heard his gripes just once too often. Propelled by the kick, Charlie tumbled onto stage and struck up against a piano leg. By then, all the various members of the Saxophonettes had assembled. We walked out upstage from where Charlie had made his unorthodox entrance. The theatre hall was steaming. The house lights went down and a huge mirror ball slowly began to turn. Then Papa Shimizu came swaggering out larger than life and the place boiled over. Papa let go with one of his belly laughs and the crowd went wild. Still the stagelights did not come up. The mirror ball kept turning, one of its countless stray beams reflecting onto the wad of bills in Papa’s pocket. As the audience voltage continued to build, so did the tension on stage. The air pressure had just about reached critical mass when Papa mumbled his opening line.
“Tonight, we’d like to do…”
To do what? The last crucial phrase was drowned out by Aki’s Linn Drum countdown.
Krnk, krnk, krnk-krnk-krrrnk!
That very instant the lights sparked on full blast, and the whole populace of Club New World swept into an orgiastic frenzy of intoxication and desire. Cries and screams rose from the dance floor. No one knew at the time just what had transpired, but none could ignore the dramatic change of scene from only seconds before. From somewhere there now came a low, steady rumbling. Had the town factories suddenly started up their dynamos? The sound slowly intensified, louder and louder; the New World’s 10 metre mammoth chandeliers, Ohtorii’s pride and joy, started swaying. A monstrous groaning began to circle the theatre, as if the hall itself were breathing, faster and faster. The tightly packed audience was thrown into a panic. Some fell to the floor, some tried to make a dash for the doors, some sought to hide in the shadows. All feared for their lives. The noise escalated, the walls trembled, the ground cracked. The massive cypress columns twisted and wrenched out of shape, the ceiling heaved. the fissures split wider, as if to swallow the New World down whole. The red-and-gold splendour receded beneath layers of grit spewed up from the fractured foundation.
Amidst a tremendous quaking, the New World was sinking. Everyone was going down together with the Banquet Frieze, yet impossible as it might seem, all fright now vanished from people’s faces. With enraptured eyes, they followed the dust clouds that swirled up from below. Consumed by whirling dust and temblor, it was “Besame Mucho” to the very last—a living mass of soul and song snaking skyward, turning to subatomic particles, and sailing off into the eternal void.
Translated by Alfred Birnbaum
Originally published as a supplement to the album Latin
プロデューサー:清水靖晃、生田朗
作曲:清水靖晃、コンスエロ・ヴェラスケス(1, 7)、ベルナルディーノ・ボウティスタ・モンデルテ(6)
清水靖晃:サキソフォン(ソプラノ、アルト、 C-メロディー、テナー)、クラリネット、フルート
生田朗:リン・ドラムマシン
パパ清水:ヴォーカル(1)、吉田美奈子、ジャニス・ペンダルヴィス: バックヴォーカル(5)
レコーディング / ミキシング:浜崎則如
レコーディング / ミキシングスタジオ:スモーキー(東京)
Produced by Yasuaki Shimizu, Aki Ikuta
Composed by Yasuaki Shimizu, Consuelo Velazquez (1, 7), Bernardino Bautista Monterde (6)
Yasuaki Shimizu: soprano, alto, tenor, C-melody saxophone, clarinet, flute
Aki Ikuta: Linn drum machine
Papa Shimizu: vocals (1)
Minako Yoshida, Janice Pendarvis: backing vocals (5)
Recorded /mixed by Noriyuki Hamazaki at Smoky (Tokyo)